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「力を抜くということ」

その日のはなし
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何かを体得しようする為に一生懸命に練習を重ねる。
努力を続ける事で上手くなると信じているからだ。
練習を続ける事自体は、とても大切な事。
それは、「何かを身に付けたいと思うならひたすらに丹念が必要だ!」何百年も前から言われ続けている。

だからと言って、練習を続けていると必ずと言っていいほどに起きることがある。
それは、「怪我をすること」だ。

怪我をしないままで始めから出来る人もいるが、それは類い稀る才能というやつだろう。

ほとんどの人は、常に怪我と向き合ってきているはずだ。

怪我というのは、人の心を簡単にも折ってしまうから、とても恐ろしい生き物である。
常にそいつ隣り合わせになりながら、心の中で「怪我をしないように」と願いながら黙々と練習を続けているのである。

僕自身も学生時代に野球をやっていた。
毎日走ったり、バットを振ったりとトレーニングを続けていると。
やはり、あいつに襲われてしまうのである。

辛い練習をしている時には、「もう、こんなに走りたくない」とか「もう、バットを握る力もない。こんな素振りをしても意味があるのか?」
なんて事を思いながら、辛い練習から逃げる事ばかりを考えていた。

だが、そんな辛い練習が出来ないという状態になると不思議なもので、「なんか、モヤモヤする。早く、練習がやりたい。」なんて事を思うようなる。
人間というのは、単純だなものだ。

そもそも何でトレーニングをする必要があるのか?

怪我をしないための方法は、あるのか?

そんな事を考える事もなく、闇雲に練習を続けていても上手くなる所か
怪我をするばかりで何の成長も望めない。

こんな事を考えるきっかけになった本がある。

それは、稲垣えみこさんの「老後とピアノ」という本である。

50歳という年齢を迎え、このままやりたい事をしないままで老いていくのは、寂しいと感じた著者は、ある日からピアノと向き合う事になるというエッセイ本である。

エッセイ本でありながら、人生における生きた方とは?など哲学的な観点からも楽しめる一冊。

著者が40年ぶりにピアノを始めようと思い立ったのは、いいものの身体がうまくついてこない。
それもそのはず、ピアノというのは、何十年もかけて磨かれていく技術を音を通して表現する行為なのだ

無理に身体を動かそうとすれば、奴があらわれる。

それが「ケガ」である。
著者も“キラキラ星”を練習している中で、指の腱鞘炎を疑われる事態にみままれる事になる。

せっかくピアノを始めたのにこのままでは練習が出来なくなってしまうと考えた著者は、腱鞘炎にならないで弾く方法を探した。

それは、「ゆっくり弾くこと」であった。

今までは、かっこいい演奏に憧れ、速く弾く事ばかりに気を取られていた。

それよりもゆっくり弾くけば、指に無理な負担かける事なく、弾けるという事に気づいたのだった。

しかし、次の課題曲「ショパンのワルツ」で同じく腱鞘炎の問題が浮上してきた。

ピアニストにとっては、切っても切り離せない問題が腱鞘炎である。

ピアニストにとって、怪我は避けられない問題なのか?
そもそも、腱鞘炎にならない弾き方は存在しないのか?

そんな疑問を投げかけている中で、ある本が考え方を変えるキッカケになった。

それは、ピアノの教本における基本の「キ」の本である。

どんな本でも当たり前のように書かれていること。
そんな言葉でもそこに辿り着くまで何十時間も要する事がある。

それは、「力を抜いて弾くこと」だ。

力まなければ、怪我をしない。
さらに、力を抜けば疲れずに長く弾き続けることができる。

そもそも、力みとは、どんな時に生まれてしまうのか?

それは、緊張している瞬間に身体が強張ってしまう事から起きる現象である。

力んだ身体で無理をして、トレーニングを続けていると、ケガをしやすくなるのは当然だ。

それは、硬い棒を柔らかくしならせようと何度も振る行為似ている。
見た目にはしなやかに見えても、実際には、硬いまま変わらない。

では、どうすれば力まずにいられるのか?

答えは、トレーニングを繰り返し、体に覚えさせること。

高校時代の監督に言われた事がある。
トレーニングは、筋力をつける為にやるのではなく、力を抜く為に行うもの

今更になって、あの言葉の意味が理解出来たような気がした。

人生でも力んだ状態で何かやろうとしていると上手くいかない事がある。

それは、力んだ状態では、ぶつかって折れてしまうから。
あまりにも簡単に。

柔らかく物事を見る事が出来れば、多少の事であろうと「ケガ」をしないでやり過ごす事が出来る。

そんな簡単に柔らかく見る事が出来ないというのなら、まだまだトレーニングを続ける必要があるのだろう。

「力を抜くという」トレーニングが。

ちょっと力を抜いて見れば、目の前にあるのもが少しだけ柔らかく感じるかもしれない。

僕は、まだしなやかなに生きる事が出来ていない。
だからこそ、「力を抜くという事」を意識して今日も生きていく事にした。

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